食事の前の片付け

NHKのハートフォーラムでご一緒した教授はお会いするたびに、私になんかしら質問をなさる。

「子どもがおもちゃで遊んでいる。ご飯ができたからおもちゃを片付けて食事にしなければならない。
でも子どもはなかなか片付けない。
堀内さんだったらどうやって片付けさせるのかな?」

「無理に片付けさせることはしない。先に食事にする。
だって冷めたらおいしくないでしょ。
食べ終わって遊ぶかもしれないし、遊ばなくても食事の後に片付ければいい」

「やっばり、堀内さんだね。
今までたくさんの人に聞いてきたけど、そういう答をしたのはあなただけ。
みんな一生懸命どうやって片付けさせるか考えるんだよ」

 

だいたい、教授の質問は
「どうやって片付けさせるか?」ってことだから、普通それについて考えるわけだ。

つまり、私は教授の質問にちゃんと答えていない。

 

でも教授はうちの子育てが、大ざっぱというか、良く言うとおおらかなところを「いいね」と思ってくださっていたようなので、私のその返答は「やっぱりね」ってことだったようだ。

 

教授はちょっと嬉しそうに笑っていた。

 

じゃましない

 

 

 

 

 

 

 

 

繰り返し私は
「本人の意思を尊重する」と言い続けてきた。

 

それはどういうことかと言うと「コントロール」しないこと。

「コントロール」つまり、「強制」は、してはいけないことだと思っている。

でもどうしても連れて行かなきゃいけないとか、やってもらわないと困ることもある。

 

「脅し」は良くない。

「だます」のもダメ。

 

だから、話して説明する。

ことによってはお願いする。

もちろん、それでもやらないことはあるけれど……

 

 

それで、さっきの話に戻る。

「ご飯前に片付ける」にこだわる必要はない。

もちろん「ご飯だから片付けようね」って言って「はーい」って片付けられるなら、それはそれですばらしい。

でもうちの場合、聞き入れられないことが多い。

そして、私自身が「片付けて!」
「いやだ!」のやり取りをするよりみんなであったかいご飯を食べたいと思っている。

私にはそっちの方が大事。

この辺はそれぞれの価値観だと思うので、それが良いと言っているわけではない。

 

それでなくても、ケントとのやり取りは過酷だったから、そんなこと(片付けてから、ご飯)どうでも良かったのだ。

 

どうでも良いことに労力を使いたくなかった。

 

どうでも良いって言ってる時点で、私はちょっとずれているのかもしれないけど……

 

親をやっていて、油断すると、子どもに「◯◯させたい」
「◯◯になってほしい」とかいう気持ちが強くなったりする。

 

子どもを思えばこそだと思うが、

子どもにも意思がある。

自分の考えがある。

 

その子の人生なのだ。

 

それを親がコントロールしてはいけない。

 

じゃましちゃいけない。

 

彼らの人生だもの\(^o^)/

 

 

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