ケントの反応

私はずっと、ケントにジージとバーバの反応について伝えられずにいた。

 

お宮参りのときに、彼女とケントがジージとバーバに会う話をしていた。

そのときに彼女がニコニコしながら言ったのだ。

 

「緊張するなぁ」

 

言葉とは裏腹に彼女は嬉しそうだった。

 

やっぱり、ちゃんと伝えよう。

伝えるからには、そのままを伝えよう。

 

ケントに電話をした。

 

「話したいことがあるんだけど……」

 

「おふくろの話したいことあるって言うのは、オレおっかねーの。だから、なんのことだか教えて、
オレが悪いの?」

 

「ケントは悪くない。
彼女も悪くない
ジージが悪いの」

 

「分かった。
そういうことか……」

 

二人だけで、外で食事をすることにした。

 

ケントが悲しむこと、ひどく怒ることは分かっていたけど、単刀直入に話した。

 

ケントはやはり激怒した。

 

「オレが悪く言われるのはいいよ!
だけど、なんで……」

 

ケントが何を言いたいか、痛いほど分かった。

 

私もそれが一番悔しくて、悲しいことだったから……

 

ひとしきり怒ってから、ケントは何度も「悲しい」と言った。

 

「孫が子どもが生まれたから会いに行きたいって言ってんのに、
なんで会わないとか言ってんの?」

 

最後は二人で「悲しいねぇ」を繰り返した。

 

そしてケントは、彼女にもありのままを伝えると言っていた。

 

なんだか私たち
親子だなぁって思った。

 

どんなに辛いことでも相手は受け止められると思うから、
ありのままを伝えられる。

 

そこには

 

相手に対する

 

「信頼」

 

が、

 

ある。

 

分かったこと

 

 

 

 

 

 

 

私はこのことについてつらつらと考えた。

 

なんで私が父に対して激怒したか?

 

だんだんに分かってきた。

 

父は私のことも、ケントのことも「信頼」していない。

 

だから、自分のものさしで計って、はずれていれば怒る。

 

みんな価値観は違う。

 

違って当たり前だ。

 

 

「私の考えとは違うけど、あなたが選んだことだから、大丈夫」

 

そんなふうに思えることが「信頼」なんじゃないかと思う。

 

幼い頃からずっと感じていた
「父は私を信じていない」という思い。

 

おとなになって、結婚して、4人の子どものお母さんになって、全国で講演して、本を書いて……

 

どんなに頑張っても父からは認められないという悲しみ。

 

「おまえは、親のくせに何をやってるんだ!」

 

今でもそんなふうに怒鳴られる。

 

どんな思いで私が子どもと歩いてきたか、なんにも知らないで
「親のくせに!」と
こんな年になっても怒られる。

 

理解されない悲しみ。

 

信頼されない情けなさ。

 

それを何度も何度もつきつけられる。

 

 

1冊目の本を書きながら、私は父がしてくれたことを思い出した。

 

夏休みに毎年、キャンプに連れて行ってもらったこと。

出張の度におみやげに本を買ってきてくれたこと。

 

父は私を愛してくれていた。

 

そう思うことができた。

 

それで、

 

私の気持ちは随分和らいだ。

 

父を愛しく思うこともあった。

 

 

それでもこういうことがある度に私は怒り、悲しみ、

 

そして、あきらめる。

 

 

信頼されないこと。

 

理解されないことは悲しい。

 

子どもはどんなに年をとっても、それでもまだ親に認めてもらいたいのだ。

 

まぁ それは私の思いなのだけど……

 

でも今回は私のことではなく、大切な子どものこと。

 

ケントは私の子だから、
同じように信じてもらっていない……

 

こういうことで、今でも腹を立て、悲しんでる自分の小ささがまた情けない。

 

父が変わらないことは分かっているのに……

 

あきらめればいいのに……

 

 

友だちが教えてくれた。

 

「親を赦し、子どもに謝ることができたら、ほとんどの問題は解決する」

 

赦したつもりでいたのになぁ

 

そう思っていたのに、

 

なぁーんだ、赦せてないじゃん

 

わ た し

 

続く

 

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