兄弟それぞれ

長男がエネルギーが強い子だったから、下の弟二人はかなり、辛い思いをしていたようだ。

「ようだ」と表現しているのは、その当時、私はあまり気付いてやれなかった。

ゲームを一緒にやっていて、負けそうになると、弟をぶん殴る。

ボードゲームの場合はそれをひっくり返す。

そういうことを私の前でやらずに、私の目の届かないところでやっていたようだ。

特に末っ子に対しては好き放題だったようで、いまだに、ケントが切れると、三男は恐怖のあまり貧血を起こすぼどだ。

現在、三男は自分の車を持っているから、ケントに頼まれるとよくアッシーになっている。

ケントもさすがにおとなになったから、車代としていくらか渡しているようだけど……

三男もダメな時は断ってるみたいだだが、極力付き合っている。

三男は、子どもの頃、辛い思いをしているのに、ケントを尊敬していたりもする。

次男も三男と大差なく、ひどい目にあってきた。

その結果、ケントを怒らせないように上手にかわすようになっていった。

その能力は色々なところで発揮されている。

でも、次男は三男と違って、ケントを尊敬はしていない。

逆にケントは次男のことを「うちの長男は次男だ」と言っている。

そして、次男のことを「すごいやつだ」といつもほめる。

時々、講演のときに、兄弟関係について聞かれる。

多分、多くのご家庭では子どもの兄弟げんかで悩んでおられるのだと思う

そんなわけで、わが家の場合も決して仲が良かったとは言えない。

ケンカと言うより、長男が弟をいじめたおしていたわけだ。

でも、おとなになったらケントが一番兄弟思いなんじゃないかと思ったりする。

兄弟のことを気にかけている。

その点、次男は割りとクールで、あまり家族に関心を示さない。

三男は兄弟、親、一人ひとりのことを尊敬していると言う。

本当にそれぞれだ。

 

社会に出る準備

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振り返ってみると、家庭の中にも小さな社会があって、一緒に遊んだり、ケンカしたり、仲良くしたり、そういう諸々のことを通して、子どもたちは学び、社会に出る準備をしていたんだと思う。

社会に出れば、色々な人がいる。

色々な考え方がある。

いろんなことを言われる。

傷付くこともある。

そういうことを乗り越えて、上手にコミニュケーションを取れるように学んで行く。

兄弟ケンカはあまりよろしくないけど、社会に出る準備、学びだと考えると、ちょっとだけ違って見えるかもしれない。

生きるってことは、喜びもたくさんあるけど、理不尽な目にあったり、悲しいこともたくさんある。

だけどどういうふうに生きるかは自分で決められる。

傷付いたことをずーっと引きずって生きることもできる。

人が喜ぶことをせっせと行うこともできる。

ケンカしても仲直りすることもできる。

ちょっと距離をおくこともできる。

まー つまり、全部自分で選択できる。

兄弟、親子、友だち、同僚……

色々な人と共存して行く。

周りの人をコントロールすることなんてできない。

一人ひとりに選択の自由があるから。

だから、自分もどうするか、どう生きるか、何をするか選ぶことができる。

 

そういう練習をするところが家庭なのかな?

 

子どもたちはそこでしっかり学んで大人になって行く(^_^.)