せかされる

 

小学生の孫ちゃんと宇宙科学館に行った。

 

あじさいのランプシェード作りに参加した。

 

幼稚園の子や小学校の低学年の子が多かった。

 

風船に和紙を貼り付けて、最後にあじさいの模様を紙を切って付けて出来上がり。

 

他にも光について、学んだり、あじさいについて学んだりする時間もあった。

 

それはすばらしいと思うのだが、そのために肝心の制作の時間が少ない。

 

孫ちゃんは丁寧にゆっくり作っていたが、早くするようにずっとやんわり言われていた。

 

って言うか、私もやっていて、かなり無理がある時間配分だと感じた。

 

楽しんで、考えながらやる時間はない。

 

言われたままにさっさと作らなければ、とても時間内に終わらない。

 

あじさいの飾りの紙も少なくて、足りないからともらいに来た子がいたが「もう時間がないのにできるの?」とか
「みんなも同じ量の紙でやっているのだから」とか言われていた。

 

私は、横で聞いていてその子が納得行く作品を作るために、少し紙が足りないんだなぁと思った。

 

使いかけの端っこの紙とか大量に余っているのだからぶつぶつ言ってる間にさっさと紙をあげれば良いのにと思いながら聞いていた。

 

そんなこと思っている私は一番最後までやっていて、相当せかされた。

 

その後、あじさいの話をしなくちゃならないから、やっている人は予定通りにことが進まないと困るわけで、その辺の感情がすごく伝わって来た。

 

もちろん、時間通り進めなくてはならないことはよく分かる。

 

 

私はそこで何を感じたかと言うと、学校ってずっとこんな感じで進んで行くんだろうなぁってこと。

 

そのときに納得の行くものをじっくり作りたい子はすごーくストレスだろうなって感じた。

 

そして、制作の時間はさっさと終わり、聞きたくもないあじさいの話を聞かなくちゃならない。

 

「そんな話、どうでもいいから、私はこれをちゃんと作りたい❗」

 

まぁ これは私自身がそのときに感じた気持ちなんだけど‥‥

 

孫ちゃんはあんなに丁寧にゆっくり作っていたのに、最後はちゃちゃと仕上げた。

 

早くするようにかなりプレッシャーをかけられていたし‥‥

 

多分、学校でもずっとそんな感じだから慣れているんだろうなと感じた。

 

 

もちろん、アンケートの感想欄にはその辺のところはしっかり書かせて頂いた。

 

 

「‥‥せかされて、楽しむことができなかった❗」と

 

 

なんで、学校に行かない?

 

 

 

 

 

 

 

学校に行かなくなる子が多い。

 

もちろん、いろんな理由があると思う。

 

でも、こんなこと毎日やられていたら、私は学校に行くことが苦痛になる。

 

私の友人の子は学校に行かず、家でずっとレゴで作品を作っている。

 

その作品はすばらしい❗

 

いいなぁって思う。

 

自分の好きなことをとことんできて‥‥

 

 

自然の中で、差し出されたものではなく、目の前にあるもので自由気ままに楽しく遊ぶ。

 

思いつくままに何かを作る。

 

遊びを考える。

 

そんなとき、子どもは生き生きとする。

 

ランプシェードを作りながら、なんで子どもたちは学校に行くことをやめているのか考えた。

 

学校が楽しけりゃ子どもは学校に行く。

 

 

学校に行けないんじゃない。

 

学校に見切りをつけている。

 

 

そういう子どもたちがどんどん増えている。

 

私はそのことを実は心の中で「すばらしい」って思っている。

 

そんな子どもたちがおとなになったら、どんなすてきなおとなになるかなぁってワクワクするんだよね。

 

親は子どもが学校に行かなくなると不安になる。

 

その気持ちは痛いほど分かる。

 

だいたい、こういう言い方はどうかと思うが、子どもが学校に行っていてくれた方が親は助かる。

 

安心だし

 

「給食費だって払ってんのよぉ〜」とか思う。

 

でも、振り返ってみて、私は子どもたちの好きにさせてあげられて良かったと思っている。

 

小学校、中学校、高校

 

高校はやめたんだけど‥

 

それぞれ不登校の時期があった次男は大学を卒業して、立派に社会で働いている。

 

学校を辞めちゃった三男だって、すごーく立派に働いている。

 

自分の気持ちを押し殺すことはないんだと思う。

 

そのときに感じた気持ちに従っていいんだと思う。

 

 

これはあくまでも「個人の感想」です(^_−)−☆

 

 

トナカイ