13年前のケント

13年前、私は苦しみのどん底にいた。
長男ケントは毎日、同じことを言い続け、私の言うことは一切聞かず、パニックを起こせば、壁に穴があく。
学校も、やっと午後から行くような状態。

そんな時にケントは診断された。
「アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム症)にADHDが被っています」
「このまま行けば、不登校、家庭内暴力、引きこもり、入院になる可能性が高いでしょう」
「よく、こんなにひどくしましたね」
クリニックで言われた言葉だ。
悲しくて、悔しくてたまらなかった。
ドクターから処方された薬もケントは「薬にコントロールされるなんて、まっぴらごめんだ」と完全に拒否した。
わが家は本人の意思を尊重するということを大事にしてきた。
なので、命に関わるわけではないので、私はあっさり承諾した。
しかし、ケントの大変さは変わりなく続いていた。
そんな毎日の中で、私はケントを観察し、なぜ怒っているのか、原因や理由を考えるようになった。

私がしたこと

講演会にも行った。
本も読んだ。
大学(通信制)でも学んだ。
そして自分の頭で考えた。
そしてケントを観察し、分析し試してみた。
「これが嫌だったのかな?じゃあこれをやってみよう。こうしたらどうかなー?」
いつも考えた。
そういう毎日を重ねて行った。
そして、高校生になったケントはある日、私に言った。
「おふくろはおれを育てるのに、すげー苦労しただろ。それで同じような思いをしてる、お母さんの役に立ちたいって言ってたじゃん。だからさ、おれのこと何、書いてもいいから、おふくろ、本を書けよ」

私の決心

私は決心した。
自費出版はしない(そんなお金、なかったし)
必ず、出版社から出す。
出版社から出さなきゃ、日本中、いや世界中の人に読んでもらえない。
自費出版で妥協なんてできない。
しかし、プロでもない、ただのおばちゃんが出版社から本を出すなんて、夢のような話だ。
発達障害のことで、出会ったライターをやっている友人が企画書や私の講演のテープ起しをして出版社に送ってくれた。
そして、ぶどう社からオファーを頂いた。
社長から、直ぐに会いたいとお電話を頂いた時の驚きと、嬉しさは今もよく覚えている。
ケントがバイクの事故で入院(ICUに収容されるような事故だった)している最中で私は病院にいた時に頂いた電話だった。
病室に戻り、ケントに報告(その時は一般病棟にいた)し、2人で大喜びした。

そして、「発達障害の子とハッピーに暮らすヒント」はできあがった。
この本は実は発達障害と書いているけど、全ての人に読んでもらおうと思って書いた。
全てのお母さんに、お父さんに、先生に、これからお父さん、お母さんになる人に‥‥
たくさんの方に読んで頂き、2冊目の「発達障害の子が働くおとなになるヒント」ができあがった。
「不登校、家庭内暴力、引きこもり、入院」と言われたケントはおとなになり、自分で事業を起こし、楽しそうに働いている。
思いは叶う
子どもを信じて最善を尽くせば、きっといいようになる。
失敗もするし、うまくいかないこともいっぱいある。
だけど「ママはあきらめない。パパとママは、あなたの応援団」
ずっとずっと言い続けた。
思いは伝わる
思いは叶う*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)’・*:.。. .。.:*・゜゚・*