昨日の続き

 

昨日の「決意する」 「私はインフルエンザになりません❗️」

 

結構、反響があった。

 

その中で、友だちが言っていたのがおもしろかった。

 

「私は、10年前にインフルエンザにならないって決めたんだよね。そしたらそれからずっと自分も家族もインフルエンザにならない。
だけど夫だけが仕事柄インフルエンザの予防接種を強制されてて、ずっと予防注射を打っていたの。
そしたら、打っているときはずっとインフルエンザになっていて、その仕事を辞めて、予防注射をしなくなったら、インフルエンザにならなくなったんだよね」

 

 

す ご い ❗️

 

 

話は変わるが、昨日テレビで若いお母さんが乳がんになって、治ってから子どもを産んだのだけど、
「ちょっと胃がムカムカすると胃に転移したのではないかと心配になります。
この心配はずっと続くのかと‥‥」とおっしゃっていた。

 

そして、ご主人も「ほんとに心配です」とおっしゃっていた。

 

私はガンになっていないからそういう不安な気持ちはちゃんと理解できないけど、きっと不安や恐れは湧いてくるのだろうなと想像する。

 

でも、観ながら思った。

 

「私はガンになりません❗️」って決意して過ごす方が楽だろうなと‥‥

 

だって、ストレスは病気の元だもの。

 

そのストレスをなくすだけでも発病の可能性は減ると単純に思うのだ。

 

何をお気楽なことを言っているのだ。
そんな生易しいものではないんだって考え方もあるとは思うんだけどね。

 

 

大丈夫、大丈夫

 

 

 

 

 

 

 

ケントは心配なことがあって相談しても「大丈夫、大丈夫」って言う。

 

これはずっと前から

 

結婚しても、お嫁ちゃんが心配事を口にするとケントはやはり「大丈夫、大丈夫❗️おまえ今幸せだろ。
だったらその幸せ噛みしめろ❗️」って言うらしい。

 

だから、一緒に「心配です」とか言わない。

 

思い出せば、夫も同じ。

 

「心配すんな」とか「大丈夫」とか言う。

 

最初のころはなんかちゃんと考えてくれてないのかな?とか思ったけど、夫がそんなふうに言ってくれたから、深刻にならないで済んだ気がする。

 

対処や対応をする必要はあるが、心配も恐れも不要❗️

 

二人に一人はガンになるとか書かれていて、それをテレビとかで観るとみんな不安になる。

 

統計上出ていることなんだろうけど、それを何回も何回も観せられると放っておけばどんどん不安になる。

 

なんかそういうものの影響を受けたくない。

 

だから「私はガンになりません❗️」って決意しとく。

 

それでもさ、人生は色々なことを学ぶ場だからそう決めていてもなることもあるだろう。

 

そのときは、それに対応すればいい。

 

少なくとも私はそんなふうに思っている。

 

それでね、もし私が天に行くことになれば
「あー 私の現世でのお仕事は終わったのね。
そして、天でのお仕事が待ってるのね」って
思う。

 

ちょっと話がずれてきたけど、何が言いたいかって、恐れも不安もいらない。

 

「決意」すればいい。

 

くどいけどあえてまた言う。

 

「思考が鍵」