褒められない子

昨日書いた友人のように、私も父に褒められることがなかった。

というより、反抗的だったために、いつも怒られていた。

そして、その怒られる内容に、私は納得がいかなかった。

子ども心にいつもおかしいと思っていた。

そして、私もケントと同じで、不従順な子だったから、父としてはかなり扱いにくかったのだと思う。

そのまま、おとなになったけど、父は変わらないから、結婚して子どもが生まれても、私への接し方は同じだった。

私はどこかで父に認めてほしかったのだと思う。

さんざん「おまえはダメなやつだ。社会には出られん。社会の役には立たん」と言われていたのだから……

いつまでもたっても、子どもは親に認められたい。

4人の子どものお母さんになっても、本を書いても、全国で講演するようになっても、父にとっては、できの悪い、反抗的な娘だったのだと思う。

それが証拠にいつも「はぁ~~っ?」っていうようなことを言われていた。

お父さんが悪かった

気が強いからその度に言い返すのだけど、ある日、父はどうにも言ってはならないようなひどいことを言い放った。

今から15年くらい前のことだったと思う。

私はあまりの悲しさと怒りと情けなさで、初めて父の前で、泣きながら、父の言葉で今までどんなに悲しい思いをしていたかと、怒鳴り散らした。

あまりの剣幕に父は黙って聞いていた。

その時は神戸に住んでいて、お正月を実家で過ごすために車で子どもたちと来ていたのだが、私は「ここにはいられないから帰る」と言った。

父は「本当にすまなかった」と頭を下げたが、私は何を言われようとここには、これ以上居られないと思った。

父はその後、母にさんざん叱られたらしい。

母は私がずっと、父の言葉で傷付いていることを知っていた。

母が私をかばっても、父は聞く耳をもたず、「あいつはダメだ」と言い続けたのだ。

母も我慢の限界だったのだと思う。

父は「本当にお父さんが悪かった。だからお願いだから帰らないでくれ
。一緒にお正月を過ごそう」と言ったけど、私は迷うことなく、神戸に帰った。

その後

でも、父が「悪かった」と頭を下げてくれたことは、私の心の中に深く残った。

結局、その後、神戸から東京に引っ越して、実家が近くなったので、また実家には行くようになった。

あの時、自分の気持ちをぶちまけて良かった思う。

そのままずっと、悲しく悔しい思いが、心の中にあったら、すごく苦しかった。

相変わらず、父は言ってはいけないことを言ったりするが、私はその度に時間をかけながら、赦せるようになった。

そして、私自身も子どもに心から謝ることが度々ある。

私は子どもであり、親でもある。

自分の身を振り返る。

私が子どもに謝ったことはまた次回m(__)m

 

 

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