考えれば、考えるほど

諦念について書いた時、たくさんの方がシェアして下さった。

多分、自分を含めて理不尽な目にあったり、切なくどうにもならないことを抱えていたりするのかと思う。

そのことを考えるだけで心をえぐられるような苦しみを覚える。

もちろん、誰かに聞いてもらいたいという気持ちもある。

だけど話したところで、その事実は変わらない。

そして、困ったことに話すたびにフラッシュバックのようにそのことを思い出して、また苦しむことになる。

話せば話すほど、心の中に刻印される。

もちろん、DVの被害者などはカミングアウトしてサバイバーになることは大切だけど……

 

気持ちを切り替える

images-6

 

 

 

 

 

 

つまり、あんまり考えないようにする。

もちろん考えてなんとかなる場合は考える。

一生懸命考える。

だから、ケントにどうしたら良いか考えたわけで考えたら、方法はあった。

繰り返すけど、考えてもどうにもならないことは極力考えない。

それでもふと思い出してしまう時もある。

そういう時は気持ちを切り替える。

その思いを追いかけない。

そして、生産的なことをする。

人のために働く。

ありがたいことに回避できる。

 

追いかけない

私はクリスチャンだが、学校はたまたま仏教系だった。

だから、仏教学とか禅学があった。

それで、授業に座禅とかあった。

余計なことを考えていると、あの棒で叩かれる。

だけど、凡人だから「お腹すいたなぁ」とか「学校の帰りどこに寄ろうかな?」とか、割りと次々頭に浮かぶ。

頭に浮かぶものはしょうがない。

だけど、その思いを追いかけない。

つまり「お腹すいたなぁ」「何食べようかなぁ」「カレーにしようかな」っていう具合に順に追いかけていかない。

「お腹すいたなぁ……」で終わりにする。

 

だから、考えてもしょうがないことは「辛いなぁ……」で終わりにする。

そんなこと考えてる間に断捨離したり、友だちの話聞いたり、おいしいもの作ったりする。

 

そして、思う。

 

きっと、いつか良いようになる(^_^)v

 

堀内祐子が近日、講演を行います!

最終日には長男のケントも講演を行います!

こちらから申し込みできます↓↓

発達障害の子とハッピーに暮らすヒント