ある人から言われた言葉。

 

 

「推測や憶測はやめましょうよ。
それをしても何の意味もありません。
必要なことは、今目の前にあることに最善を尽くすことです」

 

 

気を許すとこの小さな頭で、どうしてこういうことをするのかなぁ。
それは、多分こういうことではないか?と推測する。

 

 

それはあくまでもわたしの頭の中で、考えたことであって、事実ではない。

 

 

ところが、その事実でもないことを段々にきっと、そういうことだろうと思い込んで行く。

 

 

その先にあるのは「裁き」

 

 

推測、憶測、邪推は「裁き」の種まき。

 

 

これがもたらすものは決して良いものではない。

 

 

やたら、トゲトゲしている人を見て、「きっと疲れているんだろうなぁ」「しんどいことがあったのかなぁ」と想像することは悪いことではなく、むしろ良いことだと思う。

 

 

そういう想像力は、大切だ。

 

 

それに、わたしはパニックになっているケントを見て、いつもこれが嫌だったのではないかと推測して、次回に生かしていた。

 

 

それだって推測なわけで、そういう推測は逆に大切なものになってくる。

 

 

でも、マイナスな推測や憶測が加わると話がやたらややこしくなる。

 

 

だって事実じゃないことを事実のように勝手に思っているわけだから‥

 

 

その推測が、大きく違うことだってある。

 

 

事実確認をしないで、自分の憶測でものを言うと、相手をひどく傷つけることがある。

 

 

そういうことはやめようと思う。

 

 

「それ、事実ですか?あなたの思い込みですか?」と自分に問いかけてみる。

 

 

この癖をつけたいと思う。

 

 

それと同時に、相手には色んな背景があって、その上での発言だったり、行動なのだろうと優しい気持ちで察することは大切だ。

 

 

良い推測はコミュニケーションをとる上で逆に大切なものとなってくる。

 

 

特に子育ての場面では更に大切。

 

 

だって、子どもは思っていることを言葉で伝えてくれるとは限らない。

 

 

思春期なんか、全くしゃべらなくなったりする。

 

 

優しい推測が活躍する場面だ。

 

 

本日は「推測」についてあれこれ考えてみました(o^^o)

 

 

 

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