理不尽

なんとなく、ほとんど意味もなく次男に聞いてみた。

「理不尽な目にあった時、どうする?」

「諦念(ていねん)ですかね。それか試練と捉えるのか」

かれこれ5年位前だろうか、私は諦念という言葉の意味が分からなかった。

その時、次男がしてくれた説明は「神様のなさったことは、静かに受け入れます」というようなことだったと思う。

改めて「諦念」を調べてみた。

日本語表現インフォによれば

「あきらめること、その気持ち。また明らかに認めること。道理を悟る心」となっていた。

5年前の私は次男の言葉を聞いて泣きそうになった。

本当のことを言えば号泣だった。

そのときはとんでもなく理不尽な目にあっていたときだった。

次男は静かに言った。

「お母様、諦念、つまり神様のなさったことですから受け入れましょう」

そのときに初めて「諦念」という言葉に出会った。

そして、泣きじゃくっている私に次男は最後に言った。

「私はあなたのお役に立ちたいのです」

次男は人の目を見て話さない。

だけど、そのときは私の目をしっかり見てそう言った。

天国でも地獄でもない

話を基に戻そう。

理不尽な目にあったときにどうするかということの続き。

「どんなに悲しいことがあっても、それは永遠に続きません。
そういうこととは関係なく、幸せはやってくるのです。
悲しいときは悲しみにくれて良いと思うんです。
ただ幸せは必ずやってくる。
好きな歌詞に『この世は天国じゃない。だけど地獄でもない』っていうのがあるんです。
つまり、そういうことだと思うんです。
この人生は楽しいことばかりではありません。
天国ではありませんから……
ですが地獄でもないので、どんなに辛いことがあっても、幸せはちゃんとあるんです」

次男はその後、友だちが迎えに来て、温泉だか、スーパー銭湯に行ってしまった。

幸せは訪れる

シャーレーポピー

 

「どんなに理不尽な目にあっても、それとは関係なく幸せはやってくる」

その言葉を聞いたとき、心があったかになった。

長く生きていれば、理不尽だなぁと思う経験はたくさんある。

でも、次男が言う通り、幸せはちゃんと訪れた。

辛く、切なく、悔しい涙をたくさん流しても、気付けば笑っていた。

次男は言った。

「乗り越えなくても良いと思うんです。
幸せは訪れるのですから……」

別に今、理不尽な目にあっているわけではない。

ほんとになんとなく聞いてみただけだった。

でも聞いてみて良かった( ―  )

 

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