授業中

学校はつまらんとあまり学校に行かなかったケント。

 

しかし、次男は不登校のとき以外はせっせと学校に行っていた。

 

多分次男もつまらないとは言わなかったけれど、授業はちゃんと聞いていなかったと思う。

 

中学の次男の担任は、
あるとき私におっしゃった。

 

「堀内君は教科書を読み物として読んでいます」

 

そのときも、おもしろいなと思って聞いていた。

 

 

そして、昨日の夕飯のときの会話。

 

「私は国語と道徳の教科書は、読み物としてずっと読んでいました。
数学は最後の方のページにあるだまし絵を見ていました。
教科書には色々なことが書かれていますから、発達障害の子どもは直ぐにそっちが気になります。
先生の話はあまり分からないので、教科書をずっと見ていました」

 

先生は次男が教科書に出てくる話を、本を読むように楽しく読んでいたことをご存知だった。

 

 

違う学び方

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言えば、次男が小学校の1年生の終わりの方の出来事。

 

毎日出される音読の宿題を次男は、ちゃんとやっていた。

 

私は「読みました」と保護者がハンコを押す欄に、つまり、かなり小さなその欄に本の内容に関係のある絵を書いていた。

 

そして、耳だけ傾けていた。

 

ある日、驚いた。

 

次男は教科書を出さずに音読、つまり、暗唱していた。

 

それは6ページにも及んでいた。

 

次男から教科書を借りて、見ていたら、多少語尾が違うことはあったが、ほとんど間違いはなかった。

 

ずっと、教科書を出さずに音読していたのか尋ねると、

 

「そうだよ。覚えているのに教科書出すのめんどくさい」という返事だった。

 

つまり、その頃から次男は教科書を授業中、読み込んでいた。

 

 

先日「楽読」という講座のお試しを受けた次男。

 

読む速度は東大生並みだった。

 

最終的に次男の読む速度は、
通常の10倍だった。

 

トレーニングも受けていないのになんで次男がそんなに早く読めるのか分からない。

 

立ち読みで、短い時間に数冊読んでくる。

 

もちろん、図書館から借りてきた本は山積みしてあった。

 

その中から、好きなものだけ読んでいた。

 

次男は語彙が豊富だ。

 

色々な言葉を知っている。

 

私がその言葉が分からないと、丁寧に説明してくれる。

 

次男が言うには、マンガから学ぶことが多いのだそうだ。

 

そう言えば、ケントも授業の時間は暇だから、ずっといろんなことを考えていたと言っていたな。

 

「オレは学ぶことは好きだ」とも言っていた。

 

うちの子どもたちは皆、ちょっと違う学び方をしていたようだ。

 

 

先日書いたゲームのことも反響があった。

 

 

つまり、コントロールせずに好きにさせていたら、彼らはちゃんとその中で自由に学んでいる。

 

 

その学びは、確実に彼らの力になっている。

 

 

強いられたものではない
豊かな学び(^_^)v

 

 

 

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