猫に小判

『豚に真珠』『猫に小判』という言葉は、大嫌いなんですよ。
真珠も小判も価値なんてないんです。
価値があると思っている人間にだけ価値があるわけで、豚にとっても、猫にとっても価値なんかない。
だから、見向きもしないだけなんです。
それを豚や猫にその価値なんて分からないと思っている。
価値が分からない豚や猫には真珠も小判も、もったいないと‥‥
啓蒙活動というのも好きじゃない。
このことについて、分かっていない人に教えたやろうっていう感じが嫌なんです。
上に立って、価値が分からないとバカにしたり、分からせようみたいな感じが本当に好きじゃない」

 

いつになく強い感じで言う次男。

 

 

高慢の極み

 

 

 

 

 

 

 

「ママが小学校の5年生か6年生の時のお正月にお父さんが『今年の目標を考えなさい』って言うから、一生懸命考えていたら、いきなり『お前の目標は、素直な心にしなさい』って言ったの。
もう本当に嫌だった。
自分の目標なのに、
考えなさいって言ったのに、お父さんが勝手に決めたんだよ、
頭にきた!
ママがあなたたちに強制しないのは、強制されることが心の底から嫌だったの。
ママはずっと講演してて、本書いて、コラム書いてるけど、絶対にこうしなさいみたいな感じは、したくないの。
みんないろんな考えがあるでしょ。
ママにとってこれはすごく良くても他の人にとってそうじゃないかもしれない。
だから私はこう思う。
それで終わり。
ヒントでしかない。
これやってくださいって言われたら、ママはすごく嫌なんだ。
やってみたら?とは言うけどね。
あくまでも提案、お勧めだから、相手は自分で選べる。
『やりなさい』は命令、強制
つまりコントロールはイヤ❗️」

 

相手が考える余地があるって大事だと思う。

 

うちの子どもたちは、夫や私がコントロールしたら、激しく抵抗するか、潰れていたと思う。

 

 

話が元に戻るけど、確かに「豚に真珠」
「猫に小判」は豚にも猫にも失礼だなぁ。

 

高慢の極みだね。

 

まぁ ことわざにケチつけてもしょうがないけど٩( ᐛ )و

 

次男に言われてなるほどと深くうなづいてしまった。

 

 

気をつけなくちゃ(๑>◡<๑)

 

 

コントロールされてない激しい孫ちゃんの動画をどうぞ