自然向きな子供達

私達家族は関西の都市部に住んでいました。お互いの実家は同じ県内の郊外にあり、私達が住んでいるところよりは自然が多く、帰るとよく緑の多い大きな公園とかに遊びに行きました。

そんな中でずっと、自然の中でのびのびと生活したいという思いがありましたが、生まれてからずっと住んでる土地には小さい頃からよく知ってる友達が沢山いるし、なかなか決断できないでいました。

 

陸の孤島へ漁村留学

2年間、支援学級に所属してみて良かった事も沢山あったけど、「中学生になっても、このままでいいのかな?」と思いました。
この頃移住が流行っていたり、TVで小さな学校をよく見ていたので、私達も調べてみました。
そして、実家まで近くて親子で移住できるところをみつけました。
それが四国にある、陸の孤島といわれる所でした。
町に出るには車で20分くらい山を越えなくてはいけない、病院もお店も何もない所です。
小学校、中学校が一緒になっていて1クラス3~5人位の複式学級。
もちろん支援学級なんて存在しません。
授業より行事のが多いくらい。
そこで約2年間、生活しました。

 

仕事がない!

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子供達はのびのびと充実した生活をしていましたが(内容はまた書きます)、大人は大変です。
集落の中には仕事がないので、毎日山を降りて仕事に行きます。
同じ町内の人でも、この集落までどうやって行くのかわからない、という人が多くとても遠いイメージがあって、面接に行ってもいつも「遠いな~」といって断られる事が多いのです。
2年ほど、なんとか働いてきたのですがたまたま次に決まったところが片道1時間ちょっとかかる場所でした。
都会の通勤1時間と田舎の1時間って、ちょっと感覚が違うようなんです。
その勤務先の土地ものびのびとしていて、でもスーパーとか病院とか近くにあり、勤務先の人にも「こっち来たら?」と言われていました。
ただ、学校の事で引っ越してきたのですごく迷ったのですが、とりあえず子供達を連れていってみました。
学校も見学させてもらい、子供達にこっちに引っ越してもいいか聞きました。

 

2度目の引っ越し

子供達も今の学校は好きだけど、放課後や休日に自分達だけではお菓子も買いに行けない、図書館も行けない事は少し不満だったようで、引っ越しには賛成でした。
また、最初の家はちょっと変わった生活で他の世帯と一緒に住んでいる、今でいうルームシェアのような造りのとこに住んでいたので、一軒家に引っ越しというのにも子供達は興奮していました。
冬休み中に引っ越ししたのですが、学校が始まってないので友達もいなく、姉弟で近くの駄菓子屋に行ったりして楽しんでいました。

 

学校が始まった

前の家が山の中だったので自転車に乗りたくてしょうがなかった息子は、きっと前のように友達と毎日自転車で遊びにいくのだろう、転校初日から友達沢山作ってきてすぐに遊びに行くのだろう、と思っていました。
しかし以外にも男友達の多かった娘が、女の子の友達を沢山作ってきて、2人ほど連絡先まで交換してきました。
息子の学年は1クラスしかなく人数が多く、圧倒されたのか、なかなか友達の名前を覚えてこないし、遊ぶ約束をしてもすぐに帰ってきたりで、ちょっと拍子抜けな感じでした。

 

執筆者 mai